(10―12).株価や債券価格の値上り倍率は真数正規分布と対数正規分布いずれに従っているか

要旨:MSCI KOKUSAIとMSCI JAPNのNet指数(税引配当再投資を仮定した株価指数)の月間値動き倍率(真数)とその対数の両方の出現頻度分布を調べた。月間値動き倍率そのまま(真数)も、対応する月間値動き倍率の対数も、両者とも同程度に正規分布に適合していた。そもそも、TOPIXなどの株価指数や日興BPIなどの債券指数の月間値動きのように、金融商品価格指数の単位期間値動き幅の百分率が±数%程度を越えることが殆ど無いとき、値動き率そのもの(つまり真数)の分布と、対応する値動き倍率の対数の分布はほぼ同等であって、両者を区別することに実質的な意味は無い。ただし、1単位期間(例えば1ヶ月間)の値動き百分率が大きくて、例えば±50%を度々越えるようなら、真数の分布と対数の分布には差が出る。そのような場合には、値動き倍率の真数(倍率そのもの)とその対数の分布を調べて、どちらが正規分布により近いかを判断することが全ての出発点になるが、このブログで扱っている金融商品指数には、月間値動き幅が度々50%を超えるようなものが無い。
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 株価の月末価格(x)の時系列データ月間値動き倍率を算出して
    (今月末株価)/ (先月末株価) = (1 + r)  
    (ここに、rは月間値上り分率)
集めた多数の月間値動き倍率のデータの分布について考える。

 よく行われているのは、 r (または (1+r) )が正規分布していると仮定して、統計学を使ってポートフォリオを組み立てるなど、何らかの将来予測を行うことである。ところが、rが正規分布していると仮定することは、如何に小さい確率であろうと、株価が-100%を越えて値下がりする確率が零でないことを認めている。しかし株式会社制度では、株式投資の最悪事態でも株券が無価値になるだけで、追い金を払う(つまりrが-100%より悪い値になる;言い換えると1+rが負になる)ことは有り得ない。それ故、r (または (1+r) )が正規分布していると仮定する(これは真数正規分布と呼ばれる)のは原理的に間違っているということになる。

 この問題は、株価の月間値動き倍率の対数 log10(1 + r) が正規分布していると仮定すると解決される(例えば、http://www.fund-no-umi.com/blog/2008/12/post-c019.html に判りやすく紹介されている)。真数 (1 + r) が負になるとlog_10(1 + r) が定義できない。つまり、株価が無価値を越えて値下がりして追い金を求められる確率は原理的に存在しないことになり、株式会社制度と整合している。こうして、株価値動き倍率は真数正規分布ではなく、対数正規分布に従うと言われる。勿論、株価値動き倍率の時系列データを調べて対数正規分布に従っていることを確かめなければ、対数正規分布に基づくポートフォリオ解析など次のステップには進めない。

 ところが、月間値動き分率rが数パーセント以下の場合には、異なった分布に見える真数正規分布と対数正規分布には実質的な差がない。その理由は簡単で、以下の通りである:
テーラー展開を使うと、r の絶対値が1に較べて充分小さいときは、
   log_10(1 + r) = 0.4343 r   
   ただし、 | r | << 1
   (ここに0.4343は10の自然対数 log_e(10) の逆数で、
    常用対数の微積分に付きまとう定数)
となるので、log_10(1 + r) 、(1 + r)、r いずれの分布も相似形になる。 この三者のいずれかが正規分布に従うことを確認できたら、三者のどれを使ってポートフォリオ解析を行っても同じ結果が得られる。そして、表10-5-1から判るように、日債、外債、外株、EM株の指数の月間値動き率について、平均値(つまり月リターン)は0.12%―0.87%、標準偏差(つまり月リスク)は0.72%―7.8%で、どの指数についても月間値動き率rの絶対値の大部分は 1 に較べてかなり小さい筈である。株価指数値月間値動き率rの(真数)正規分布は既に確かめられているので(記事3-3-(1))、わざわざ対数正規分布を使かって再計算しなくても良いことになる。

 でも時々、月間値動き率がかなり大きい(例えば、r = -20% など)こともあるので、1969年年末から2010年5月末までの485ヶ月間のMSCI KOKUSAI指数の円表示値とMSCI JAPAN指数のの円表示値の月間値動きについて、真数正規分布と対数正規分布それぞれへの適合具合を調べることにした。

 図10-12-1は両指数の月間値動き分率 r を確率変数とし、
   r = (月間価格変化量)/(前月価格)
r を標準確率変数に変換して横軸とし、その0.6の幅毎に485個のデータの出現頻度を規格化変換した値を縦軸にプロットしたものである。赤線はJapan指数、黄緑線はKokusai指数の値動きの出現頻度分布をプロットして得たものである。そして黒線は規格化標準正規分布理論曲線である。赤、黄緑、黒の三つの曲線の一致はほぼ良好と言える。
画像
   (図をクリックすると拡大図が出ます)

 次に図10-12-2は、JapanとKokusai両指数について、月間値動き倍率の常用対数 log_10(1+r) を確率変数に選んでその標準化変数を横軸にして、その0.6の幅毎に485個のデータの規格化出現頻度をプロットしたものである。赤線はJapan指数、黄緑線はKokusai指数の値動きの規格化出現頻度をプロットして得たものである。そして黒線は規格化標準正規分布理論曲線である。この図10-12-2のグラフも、先の真数を確率変数とした図10-12-1のグラフと同様に、三つの曲線の一致はほぼ良好と言える。
画像
   (図をクリックすると拡大図が出ます)

 すなわち、MSCI Japan指数もMSCI Kokusai指数も月間値動き幅の出現頻度分布は、グラフの目視比較で判断する限り、真数正規分布にも、対数正規分布にも良く適合しており、これは予想されたとおりである。更に詳しく見るために、実測の規格化出現頻度と規格化正規分布理論頻度の差の二乗和を調べ、表10-12-1に纏めた。MSCI Japan と MSCI Kokusai の両指数に関して、真数正規分布と対数正規分布からのズレ具合に有意の差は無い。
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   (表をクリックすると拡大された表が出ます)

 以上から得られる結論は、MSCI Japan指数もMSCI Kokusai指数も月間値動き幅の出現頻度分布は真数正規分布にも対数正規分布にも同程度に適合している。両分布に有意の差が無いのは、指数の月間値動き倍率が1に近い(すなわち、r の絶対値が 1 よりも遥かに小さい)ことからもたらされる数学的必然という次第である。

 なお、横軸値が±3.5σよりも外の部分での頻度分布の様子には真数と対数の分布に差が出ている。具体的には、図10-12-1と図10-12-2の左右両端辺りの縦方向に20倍拡大した赤プロットや黄緑プロットの様子が両図で異なっている。これら両図における±3.5σよりも外の部分での頻度分布の差から以下のことが判る。

 (1) まず図10-12-1と図10-12-2の左端部分(確率変数<-3.5σ)を見ると、対数正規分布モデルの理論曲線(黒プロット)は、真数正規分布モデルの理論曲線(黒プロット)に較べて、実測頻度分布の赤や黄緑のプロットよりも一層右側にずれて位置している。つまり、対数正規分布モデルは現実に起こった大暴落を真数正規分布モデルに比較して一層「起こりにくい筈のことが起きてしまった」と解釈してることになる。

 (2) 次に図10-12-2の右端部分(確率変数>+3.5σ)を見ると、対数正規分布モデルの理論曲線(黒プロット)は実際に起きたことの記録である赤プロットとほぼ一致している。ところが、図10-12-1の真数正規分布モデルの理論曲線の黒プロットは、実際に起きたことの記録である赤プロットよりも左にずれていて、「起きる筈の無い価格急上昇が起きてしまった」と理解していることになる。

 以上の(1)と(2)を合わせると、対数正規分布モデルは真数正規分布モデルよりも楽観的モデルであって、それ故に高リスクポートフォリオをもたらす傾向がある。真数正規分布モデルを採用しておく方がより安全側の低リスクポートフォリオを導き出してくれる。
(2010/6/29/UP) (2010/7/3/追記)

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この記事へのコメント

ekrpat
2010年07月03日 23:39
過去データの適合性の面で真数正規分布解釈と対数正規分布解釈が同じように見えたとしても、将来の利回り予測は違ってきます。

たとえば過去データの真数月利回りが平均0.4%、標準偏差3%だったとします。真数正規分布派はこの値をそのまま正規分布の平均および標準偏差とみなすので、10年保有時の期待リターンは61.5% (1.004^120-1)、標準偏差は32.9% (0.03*sqrt(120))だと見積ります。

一方、同じ過去データを使って対数正規分布派が「自然対数軸で月平均0.4%、標準偏差3%」と分析すると、10年真数利回りは、期待値70.6%、中央値61.5%、最頻値45.1%、という見積になります。

さらに、「自然対数軸で月平均0.4%、標準偏差3%の正規分布」だと真数軸の平均は0.446%になるはずでデータと合わなくなってしまうので、「対数正規分布のデータを真数軸で集計したら月平均0.4%、標準偏差3%だった」と解釈すると、「対数軸に換算したら月平均0.355%、標準偏差2.99%のはず」となり、10年真数利回りは、期待値61.5%、中央値53.0%、最頻値37.5%、という見積になります。

どの見積を信頼するのかは人によって意見が分かれるかもしれませんが、守り重視の慎重派なら「最頻値37.5%」を採用してアセットアロケーションを組み立てるのがいいと思うのです。
大小じいじ
2010年08月16日 16:07
ekrpatさん、コメント有難うございます。貴コメントへの返答を、多忙のため遅くなりましたが、番号(10-13)の記事として8/16にアップしました。モデルが“実測値”に“測定誤差”範囲内で合ってるなら、なるべく簡単なモデルの方が何かと便利。でも、“原理的により適合している筈”となると、面倒でも勉強すべきとなりますね。

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